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天風会創立百周年記念事業の一環として、再び岸本京子理事の企画で、「健康と長寿」をテーマにプロクライマーの尾川とも子さんにお話を伺いました。
岩を登るときには肛門を締め上げるのが大事という尾川さんの体の使い方に岸本理事は大変興味をもたれ、日頃の体の鍛え方や心の在り方について大いに話が弾みました。

◆ゲスト 尾川とも子氏(プロクライマー)

◆インタビュアー 岸本京子氏(中村天風財団理事)

 

【宇宙飛行士からプロクライマーへ】

 

岸本 プロクライマーの尾川とも子さんですが、まずどういった活動をされていらっしゃるのかお話しいただきたいのですが。

尾川 はい。今の活動は大会に出たりする現役選手ではなくて、岩のチャレンジをしつつロッククライミングの啓蒙活動をしています。大会は人工の壁を登っていくもので、一位、二位と順位が決まるのですけれども、私は天然の岩を、例えば前人未踏の誰も登っていない岩を登るとか、そういった記憶的なチャレンジをしています。又そういう経験から、企業さん向けに「クライミングの安全から学ぶべきものは」とか、小学生向けに「夢とチャレンジ」というような講演などもしています。

岸本 なるほど。ところが尾川さん、もともとは宇宙飛行士になりたかったそうですね。

尾川 そうなんです。全くスポーツと関係なく、大学に入るまではもう宇宙飛行士をひたすら目指して、理系の大学にまで入ったのです。山に関わった入り口は、中学生のときに宇宙に近づくためにはどうしたらいいかと考えて、単純に富士山に登れば一番宇宙に近づけると思って、そこで生まれて初めて本格的な登山をやったのがきっかけです。星空がすごくきれいで、宇宙に近づいた感じもしたし、登るまでの苦しみが、何か宇宙飛行士の訓練を味わったような気持ちになったんです。ですから山に対して興味は持っていたのです。

岸本 するともともと宇宙飛行士になりたかったのが、途中で山への興味に大きく変わっていったわけですね。

尾川 山岳部に入って、だんだん部活に熱心になってしまい、エベレストに登ろうという先輩の誘いがあって一緒にやろうと思ったら、エベレストというのはロッククライミングの技術がないと絶対登れないと言われて、そこで始めたんです。

岸本 それで今のロッククライマーという職業に繋がっていったのですね。最近ボルダリングという競技をニュースなどで聞いたり見たりしますが、これは尾川さんが日本にご紹介されたそうですね。

尾川 いや、もともとあったのです。クライミングの中の一種目としてボルダリングというのがありまして、室内でも天然の岩でも命綱なしならボルダリングなのです。命綱があるものはロープクライミングと言っています。

岸本 違うのですね? 命綱がないというのは、落ちても大丈夫なくらい?

尾川 そのぐらいの高さを登るのがボルダリングで、私がたまたまメディアでお仕事させていただくことが増えてきたので、このボルダリングという名前を広げたいと、何かの折にボルダリング、ボルダリングと話題にするように努力はしてきました。

岸本 二〇一二年十月に、世界の女子で唯一、V14を達成されているのですね。カタルシスというのを達成された。これは岩の名前ですか? このV14というのはどういう意味なのですか?


難度V14、カタルシスを登る尾川さん

尾川 そうですね、岩に名前があって、難度のレベルがあるのです。V0からV16まで。最近17を男性で登られた人がいるので17までになったのですけれども、私は14に三年間チャレンジして成功したのです。

岸本 それが世界で唯一の女性としての快挙だった。

尾川 そうなのです。その難度をやっていない方に伝えるのは難しいのですが、岩の横穴の奥から天井に逆さまに張り付いて、岩にある割りばし二本がくっついていているくらいの岩の凸凹や、ペットボトルのふたがくっついているくらいの出っ張りを指先で捉えて、逆さまのまま進んでいくというイメージです。

岸本 ここにある写真がそうですね。これ写真が逆さまかと思いました。

尾川 そうです。ここから五メートルほど、逆さまになったまま天井を掴んで進み、岩穴の外に出て、今度は垂直の壁を八メートルぐらい登って、岩の頂上に立ってゴールという感じです。

岸本 これはどちらにあるのですか?

尾川 この岩は栃木県にあります。14というのは世界に何千個とありますが、日本にもあるんです。それで初めて登った人が名前を、この岩は男性のトップが登ったときにカタルシスと付け、レベルは登れた人たちで決めていきます。

 

【肛門を締め上げる】

 

岸本 尾川さんのお話が載っている雑誌を拝見したところ、クライミングでいろいろな筋肉が鍛えられるというふうに話されていますが。

尾川 そうですね、何か腕力だけとか指先だけで登るイメージがあるのですけれども、やはり全部の力を使って登っていかないといけないので。

岸本 なるほど。雑誌では、ハムストリングとか脊柱起立筋なども鍛えられるとありましたが、私たち医者から見ると人間の一番重要な骨格を支える、いわゆる裏筋肉と言われているような筋肉で、特に脊柱起立筋は不随意筋なので、普通は自分の意思で収縮できない筋肉なのです。なかなかそこを鍛えるというのは難しいですよ。このボルダリングをやることによって、そういった筋肉も鍛えられるというわけですね。

尾川 そうですね。

岸本 それと私が興味をもったのは、登るときに重要視されている体の使い方で、「肛門を締める」ということを言われていますが、それはどういう発想からなのでしょうか。

尾川 いろいろなことを突き詰めていくと、結局何でも姿勢が大事というところに行き着くのです。野球でも姿勢が崩れていればホームランが打てないのと一緒で、指先まで神経をとがらせなければいけないのに、姿勢が歪んでいれば脳からの指令が行きづらくなってしまいます。スポーツだけでなく、体が歪んで負担があるとその負担が炎症になって病気になるし、心にもつながっていて、背中を丸めて姿勢が悪ければ鬱な気持ちになってくる。私自身も白板症という病気になったときに、トレーナーの先生から病気もやはり姿勢からだよと教えられて。

岸本 なるほど。

尾川 正しい姿勢というのは、壁に背中をつけて真っ直ぐ立って、後頭部、肩、おしり、ふくらはぎ、かかとの五点が付くようにします。それでお尻は締める、ただ締めるのではなくて締め上げて内臓を上げ、口角を上げれば鎖骨が開く。これが正しい姿勢を保っていることだと言われました。

岸本 そうですか。実はその肛門を締め上げるというのは、天風会では必ず言うことなのです。

尾川 そうなのですか?

岸本 中村天風は神経反射の調節法という言い方をしますが、いわゆるいろいろな刺激、五感から入ってくる刺激とか、精神的なショックなどが心や体に大きな影響を及ぼさないように、自分自身を守るための体勢なのです。それが肛門を締める、そして締め上げる。それから肩の力を抜く。もう一つは下腹に力を込めるという体勢を三位一体として同時に取る、密法の一つとして天風会では教えているのです。それで肛門を締め上げるということが、やはりクライミングにも大事なのかなと思ったのです。

尾川 私が学んだのはクライミングなので、いかに体を軽くして登るかというのが基本としてあるわけです。こんな重い体で、重力に逆らって登らなくてはいけないわけですから、姿勢を正していても内臓が下がっていたらその分軽くないわけです。引っ越し屋さんがよく本を運ぶのに、本だけ運ぶよりも空箱の上に本を乗せたものを運んだほうが軽いと聞いたことありません?

岸本 そう、ありますね。リュックサックも上のほうを重くすると軽く感じるとか。

尾川 それと一緒で、姿勢が良くても内臓が下がっていたら意味がない。それで肛門を締めて上げないと内臓は上がっていかないわけです。

岸本 なるほど。

尾川 でも、締め上げてウォームアップ終わりましたと言っても、内臓が寝ていたら意味がないのです。同じ三キロの赤ちゃんでも寝ていると力が抜けているので結構重たいけれど、起きていれば本人も抱っこされるぞと構えるから、ちょっと軽く感じるじゃないですか。だから、内臓を上げたら今度は内臓を起こしてあげるんです。起こすにはどうしたらいいかと言ったら、酸欠にさせる。息を吐いて、吐いて、吐ききれないほど吐いて酸欠にして、内臓を、「あ、もう酸素がないぞ、死ぬぞ」みたいな状態にさせると、息を吸ったときに体中に血液がバーッと流れて、内臓が起きて軽くなるわけです。

岸本 内臓を動かすということは、要するに血流が良くなって、脳や筋肉にも酸素を行かせることになりますからね。実は以前、天風会の医師が胃下垂の患者さんに神経反射の調節法の体勢をとっていただいて撮影したレントゲン写真が残っているのですが、本当に胃がぐーっと上がっているのです。ただ、肩を上げては駄目なのです。そうすると心が上ずって動揺してしまうので、必ず力を抜いて下げるのですけれど。肛門を締めあげることによって内臓が上がるとか息を吐き切るということは、天風会でも同じようなことを言います。

尾川 切り口が違うだけで、真理は一つなのかもしれませんね。

 

【出来ない時のトレーニング法】

 

岸本 今日はちょっと体調が悪いなとか、尾川さんはお子さんもいらっしゃるそうですが、早く帰ってあげたいなと思われることもおありかと思います。なかなか思い通りにトレーニングができないときなど、気持ちの持ち方はどうされているのですか。

尾川 体調が悪い、怪我してしまった、痛みが出る、子どもが病気をしている。そういうできないときはできないなりのトレーニングがあるのです。クライミングというのは指を岩の小さな窪みに引っかけて体を支えるので、指が大事なのはご理解いただけると思います。ところが指というのは感覚の伝達が間違いやすいのです。たとえば両腕を交差させて手を合わせ、捻じった状態で両手の指を組んでもらいます。そして左手の人差し指を指して、「この指だけ動かしてください」と言うと、「あれ? あれ?」と戸惑います。指というのは末端だから誤作動しやすいのです。

岸本 そうですね。分かります。

尾川 そこで指のトレーニングをするんです。台所にあるキッチンスケールを人差し指で押して百グラム出すぞ、と思って出せるかどうか。出せないんです。ああ、これが五百グラムか、三百グラムかと職人みたいにその感覚を磨くわけです。百グラムを当てるのが目的なのでなくて、百二十五グラム出すぞと命令したら、そのとおりにイメージした力の入れ加減ができるかどうかというのがすごく大事なのです。この穴が持てるか、どう持てばよいかという指令に指が正しく作動しないといけない。自分では人差し指に一番力を入れて持っているつもりが誤作動したら落ちてしまいますから。

岸本 確かにね。

尾川 トレーニングできないならできないなりに、台所でもこういう重要なトレーニングができるんです。

岸本 なるほど、できないときはそれなりの対応が大事なのですね。ポジティブ思考で、と言ってしまうと、どうしてもちょっとくらい体が悪くても気力でやれる! と思ってしまう方もいらっしゃいますよね。もちろんその心の持ち方でできることもあるのですが、特に女性の場合だと体調のアップダウンもあるし、私はいつも自分の体に聞いてねという話をするのです。ポジティブ思考たろうとするあまり無理してやってしまって、後になって辛い思いをする人もいますから。

尾川 私はクライミング、ボルダリングは、トレーニング時間の多さで必ずしもレベルアップするとは考えていないのです。やった時間がすべて結果につながるかと言うとそういうわけではなくて、できなかった時間をいかに有効に何か別のトレーニングに使ったかということが、レベルアップにつながると思うのです。

 

【体も心もボロボロを乗り越えて】

 

岸本 今までに例えば挫折したみたいなことってないのですか? いろいろ成功体験を積まれていらっしゃるようですけれど?

尾川 まさしく白板症になったときは、やはり体力的にも精神的にもつながって、結果として病気になってしまって落ち込みました。

岸本 それはいつ頃?

尾川 ちょうどV14にチャレンジしていたときです。

岸本 やっぱりストレスがあったのですか?

尾川 多分いろいろな要因があったと思います。三年ぐらいの間ずっとその岩が登れるか登れないかチャレンジしていたんです。岩の天井五メートルの中で一カ所、ものすごく難しいパートがあって、一個のへこみからへこみに出すたった一手が取れない。そのたった一手ができないがために三年間ひたすら同じ動きを、取れない、取れない、取れない、今日も取れなかったというのをやり続けて、はっきり言ってもう二年目ぐらいに諦めたいとか、もうやめたいとかそういう気持ちが心に起きていたんです。そういうマイナスの心もあっただろうし、何とか登れないかとトレーニングを力任せにやっていて、体がボロボロだったというのもあるし。白板症で唾液が全く出なくなってしまって、舌の粘膜に良い漢方薬とかも飲んでいたのですが効果がなくて。

岸本 白板症は難しいですよ。

尾川 そう言われて初めはしゅんとなっていたのですけれど、メンタル指導を受けたり、姿勢が直れば絶対そういうのも治るからと励まされながら、でも、「結局最後に治すのは尾川さん自身ですよ、尾川さんがやる気がなかったら病気だって治りませんよ」という言葉で、それで目覚めたというか。

岸本 本当にそのとおりですよ。病気というのはその方が自分で治そうと思わないと本当に治らないのです。


岸本氏

尾川 やはりそうだと思いました。初めに漢方を飲んでいたときは薬自体に頼ってしまって、自分が治りたいというモチベーションがなくて、薬さえ飲んでいればという意識しかなかったのですが、そうか、自分がこれを飲んだら治るのだ、いや、治すのだという意識で飲めば絶対治ると思って、それからは漢方薬もそういう気持ちで飲むようになり、すごく変わりました。

岸本 本当に自分自身の自己免疫力とか自然治癒力をどうやって復活させるかという話なのです。

尾川 ここだと思ったのです。ここで、私はこれからの人生を白板症と共に生きていくと諦めるのか、いやいや、西洋医学のお医者さんは治らないと言ったけれど、むしろ自分が治してお医者さんをギャフンと言わせてやるぞという意識でいくか、どちらを選ぶかで結果的にプラスになるかマイナスになるかが決まるのではないかと思ったのです。

岸本 それで遂に病気の克服にもクライミングにも成功したわけですね。そのときには肛門を締めて、締め上げるような体勢が取れるようになっていたのですかね。

尾川 やり始めて二年は、先ほど申し上げたように本当に力任せにやっていたので、そういうことに気づいていなかったのです。病気になって、そういうことを学んで、初めて、「なんだ、そうすればいいんだ」と。

岸本 意識してやったら。

尾川 そう、意識することであとの残りの一年で登れたということなんです。だからこの二年が無駄だったとは思わないけれど、ただがむしゃらに何にも考えずに、ただただ登って疲れたと言っていただけの期間と全然違う。もしも前からそれに気づいていたら一年で登れたかもしれないです。

岸本 そうですね。天風会に来ていただいたら。(笑い)

尾川 はい。

岸本 その瞬間、お気持ちの上ではどうだったのですか。

尾川 取れたときですか? 取れたときはもう「やった、取れた!」という感じでした。でも、取れるなという感覚はありました。あ、取れる、次取れるという感覚というのはすごくありました。

岸本 なるほど。きっとその心の持ちようというので随分違ったのでしょうね。やはり、いける!という思いというか確信というのがあったわけですよね。

尾川 はい、そういう気持ちが起きてきていました。

岸本 登っている最中は、何か考えていらっしゃるのか、それとも何も考えないのか。

尾川 そうですね。ちょっと伝わるか分からないのですけれども、今ちゃんと持てている、親指に、ここに力が入っているとか、そういうことを考えて。

岸本 なるほど。その状況に集中しているということですね。

尾川 それはありますね。

 

【持っている力の出し方】

 

尾川 スポーツは何でもそうだと思いますが、ボルダリングも十代、二十代の子は体力だけで登れてしまうので、百出さなくてもいい場所を全部百で登って、やった、やった!となるところがあるんです。でも強い人とうまい人というのは別だと思うのです。百全部出す人は確かに強いです。でも、うまいクライマーは自分のどれくらいの力が百で、その百ある力を二十五でも三十五でも細かく刻んで出せるのです。それが経験なのかもしれないのですけれど、十代とか二十代の若い子はゼロか百しかない。でもうまいクライマーになると、この岩は五十四で登れると思ったらちゃんと五十四という力が出せる。そこが違うというのはすごく感じます。

岸本 強いだけではなくて、やはり自分自身の持っている力をよく自分自身で知るということですね。

尾川 そうだと思います。身の丈を知ると言ったら何か上から目線かもしれないですけれど、自分の百はどれくらいなのか、五十はどれくらいなのか、その半分はどれくらいなのかというのを知っておくというのが大事になるんです。今日は体調が悪いと思えば、昨日の百はここだったけれど、今日の自分のマックスはここだなと、日によっても変わってきます。下手したら時間によっても、朝はここだったけれど、夕方でちょっと疲れてくると百はこの辺だとか。疲れた百を知っておかないと、無理して百二十出して怪我をするというようなことになってしまいます。

岸本 尾川さんは本当に常日頃から、ご自分の感情コントロールとか、思考のコントロールとか、力のコントロールを非常に上手にしていらっしゃるようにお見受けしますが、それはやはり登ることによって身についたのですか?

尾川 もちろん登っている中でもあるし、トレーナーの先生のアドバイスだったりとか、メンタルケアとかを受けたりとかして、自分の中で理解していく中で、「あ、そういうことだったんだ」と、何か自分の経験と、先生たちに言われたことがうまくかみ合って消化されてきているのだと思います。

岸本 まずは経験があって、そして教えていただくことでそれがだんだん自分の身になって、また経験になる。

尾川 そうですね。やはり自分だけの知識とか経験だけだとどうしても幅が狭くなってしまいます。ただクライミングでもそうですけど、いくらうまい人のまねをしても骨格が違うし体重も違うので、まねをしても身に付かないのです。他の人の意見なりアドバイスを聞いて、それを丸々受け止めるというよりも、自分に合うエッセンスを取って、自分のものにしていくというか、自分の中で腑に落ちるように消化していくというか、そういうことは心がけています。

 

【努力ではなくて習慣にする】

 

岸本 そういう点で、普段ご自分で気をつけていることとかあるのですか?

尾川 トレーニングをいかに日常に組み込むかということを常に考えています。子どもたちに講演することがあって、「諦めなければ夢は叶う」という話をするのですが、講演後の感想文を見ると、「私は尾川先生みたいに諦めない心がありません。どうやったら諦めない心ができますか?」と数人の子どもが書いてくるのです。

岸本 何歳ぐらいなのですか?

尾川 五年生とか。それでいつも何と返事を書こうか迷っていたんですが、気づいたのが、いやいや、みんな自分の年齢まで諦めずにやってきたことが唯一あるぞと。歯磨きです。歯磨きというのは結構面倒くさいと思うときもありますが、自分の年齢まで、病気でやらなかったとか、飲み会から帰ってきてそのまま寝てしまったとか、やらないときはあっても、必ずその翌日からやり始めて絶対諦めない。あまり楽しくもないし、面倒くさい。虫歯になりたくない、ぐらいの意識でしかやっていないことが毎日続けられる。つまりその歯磨きを続けてきた人は、必ず歯磨き並みに諦めない気持ちがあるわけです。

岸本 なるほど(笑い)。

尾川 だから、諦めない心はもともと備わっている。歯磨きが続いてきたのだから、歯磨きのときに勉強したらいいじゃない。歯磨きを始めたら宿題もやる。私などはもう勉強という年ではないので、歯磨きの間に片足立ちしています。それが体の軸をつくるトレーニングになるんです。そういうふうに、自分が習慣化しているところに目的を入れ込むことによって、絶対忘れないし絶対続く。努力というのは夢を叶えることの一つの要素だと思いますが、続けないと夢は叶わない。一回で百の努力をするだけでは一回で終わり、叶うはずがありません。毎日〇・一でもいいからやり続けることが大事だと思うのです。

岸本 やり続けることがなかなか難しい。

尾川 努力しなくちゃと思うと、ああたいへんだ、と諦めるようになってしまう。でも努力ではなくて習慣だと言えば、歯磨きのようにそれはもう諦めるも何もない。百を無理して努力するのでは続かないけれど、〇・一を習慣にして十年続ければ、積み重なってその諦めなかった十年が自信につながります。

岸本 本当にこの習慣化という、日常の中に組み込んでいくということはすごく大事なことですよね。

尾川 チャレンジというのは何もないゼロから百をチャレンジすることではなくて、積み重ねたものが基盤になって新しい一割二割がチャレンジになるのだと思うのです。ですから習慣にすることが大事なのです。

岸本 そうですね。天風先生も心身統一法は真理を頭で理解するのではなく、毎日の生活で実践することが一番重要で、習慣にしてしまうことだとおっしゃっています。尾川さんの習慣化のお話はとてもよい参考になりました。
何かで一流になる方や、成功される方は、もともと持っていらっしゃる資質が高いので順調にいくのかな、なんてどこかでちょっと思っていたのですが、いや、本当にこういうことなのですね。やはり実践と様々な工夫と、そして人生の山を乗り越えることによって本質的なところまで到達されたからこそ、前人未到の記録というのもできたのだと思いました。
貴重なお話をありがとうございました。

 

●●プロフィール●●
尾川 とも子
一九七八年四月十四日生まれ。宇宙飛行士を目指し、早稲田大学理工学部応用物理学科に入学。山岳部に入り、クライミングに興味を持つ。プロクライマーとして、二〇一二年に世界で女性初となる難度V14を達成。この年、世界で最も活躍したクライマーに贈られるGolden Piton賞、二〇一四年にGolden Climbing Shoes賞を受賞。一男一女の母であり、ママさんクライマーとしても活躍中。

(『志るべ』2018年8月より)

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