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天風会創立百周年記念企画のテーマの一つである「人生の成功と繁栄」について、今回は最高の自分を演出し人生を成功に導くドラマ思考の考え方を提唱し、日本で唯一の感動プロデューサーとして活躍しておられる平野秀典氏に、広田真一理事がお話を伺いました。
平野氏は、元天風会評議員を始め、いわき賛助会代表、財団講師などを歴任された故平野正夫氏のご子息でもあり、間接的に中村天風先生の影響を受けて今のお仕事にたどり着いたと言われます。今回、天風先生の言葉を現代的に新訳された『感動の創造ー新訳中村天風の言葉』が講談社から出版されたのを機に、天風哲学についても新しい視点から語っていただきました。
また、独自の経験と視点で組み立てられた、誰もが自分の人生ドラマを演出でき、まさに物語のヒーローとなれる方法を楽しく伺わせていただきました。

◆ゲスト:平野秀典氏(感動プロデューサー®)
◆インタビュアー:広田真一氏(中村天風財団理事)

 

左:広田氏             右:平野氏


広田
 まず最初に、平野さんがそもそも天風哲学をどうやって知られたかというところから、お話をお聞かせいただけますか。

平野 父が当時の天風会いわき支部をまとめて、活発に活動していました。私は大学のときに一度『成功の実現』を読んだことがあって、それで何となく父のことが理解できた感じがあったんです。そして、私も、人はみんな心のパワーを持っていて、それを表現することを心地よく思うのではないかと思い始め、結局こういう仕事にたどり着きました。これは間違いなく父から影響を受けていると思います。

広田 平野さんには当財団でも講演をしていただき、皆さんにたいへん喜んでいただきました。

平野 有難うございます。私は一般の方にどう表現すれば天風哲学がより伝わって、日常でより実践したくなるかということをポイントにしています。今後の百年につなげていくために私にできることは、高尚な哲学として語るより、天風先生が特に大切にされておられた日常での実践というところにつなげて、身近に裾野を広げることではないかと考えました。車のナビゲーション的なことができればと思っているのです。

広田 重要なところだと思います。天風先生が亡くなられたのが一九六八年なので、天風哲学はその時点の言葉で、その時点までの医学とか科学の知識をもとに語られているので、伝え方がそこで止まっている部分もあると思います。

平野 私は本質とか本物というのは、古い、新しいがないと思っています。ただ、私は天風先生が表現力の天才だったということを絶対抜かしてはいけないと思っているんです。私がそんなこと言うのは偉そうなんですけど、天風先生は百年前、表現者として超一流、世界レベルの第一人者だった方です。超一流の表現者というのは、その時代の人たちにいかに伝えるかと、当時の文化状況、文明の発展状況から、世の中の流行り廃り、そういうものを全部勘案してその時代の言葉に翻訳するんです。ですから天風先生は、おそらくその時代の人たちに最もいい形で伝わるように、最適の表現で教えを説いておられたのではないかと思います。そして教えを説かれた約五十年の間にも、たえずバージョンアップされていらした、そんな気がします。

広田 私もそう思います。天風ギャラリーを見ていただいたら分かりますけど、天風先生は講演の原稿に何度も筆を入れられています。

平野 天風先生は、移動中の列車の中でもずっと講演の練習をされていて、列車の窓に唾がいっぱいついていたという話を、どこかの本で読ませていただきました。よく天風先生は直感で講演されたとも聞きますけど、直感で出てくる言葉って、練習の積み重ねがあった人だけができることなんです。

広田 なるほど。

平野 天風先生は百年前に天風哲学を創見されて、それを独自の天才的な表現力で伝え続けられた。それを我々はすごいなで終わらせないで、その哲学をいかに現代の方々に伝わるようにアップデイトさせていくかということを、この百周年でみんなで知恵を出し合うのも意義があるのではないでしょうか。それぞれの専門を持った方が、色んなところで天風哲学を語ると面白いなと思います。そうすると、天風哲学を歪曲させるのではないかという批判も出てくるかもしれませんが、そうした議論をすることによって、初めて天風哲学が現代の世の中に広がっていくという気がするんです。

広田 同感です。

 

【人生をドラマ思考で生きる】


広田
 平野さんはご著書の中で、人生をドラマと捉えると、良い人だけでキャスティングされたドラマは面白くないと書かれていますね。

平野 普段の講演でも、ショッカーがいない仮面ライダー、悪代官がいない水戸黄門は成り立たないという話をすると、とてもウケるんですよ。盛り上がるドラマにはヒーローがいるとともに、必ず悪役が必要で、足を引っ張るキャラクターや意地悪な人が必ずキャスティングされています。
実は人生も全く同じことが言えると思います。誰もがヒーローなのです。自分が主人公で、周りにいる人々と自分の人生ドラマをどう作っていくかということなんです。そう言うと、人生とドラマは違う、自分はあんまり健康じゃないし、やろうと思ったってそんなうまくいかないし、何で私がヒーローなのと言う人がいます。でもそれは誰かと自分を比較してるわけですね、イチロー選手がヒーローで、自分は普通の一般人。でも私が言いたいのは、日常のヒーローに誰でもなれるということなんです。私たちの生活の中で、身近な人、家族だったり、後輩だったり、同僚だったりのヒーローになっていることが結構あるんです。

広田 誰でも誰かの役に立っているということですね。

平野 私が天風先生から学んだのは、人間として生まれていれば、誰もがヒーローの素質を持っている、ヒーローという言葉はもちろん使われていませんけども、万物の霊長というのは、ザ・ロード・オブ・クリエイション、つまり創造の主。私はそれを主人公と訳したんですけど、人間として持っている潜勢力を使えばそうなれるということだと理解したんです。
天風先生が行修の中で引き出そうとしているのは、個人としての潜勢力、それを私は人間としての標準装備と言っているのですが、それはその人個人に与えられた使命とか役割とかで、私はそれをキャスティングと言っています。つまり同じ人物は舞台の上に必要ないんです。自分を違う役の人と比較してもしょうがなくて、自分の役をどれだけ最高のかたちで演じられるかということが、人生のドラマ思考ということなんです。そうすれば、最高の自分として生きられる可能性が高まるんじゃないですか。

広田 その人に合った最高の自分ですね。それには自分の役割というものを認識しているかどうかということが大きいですね。

平野 ドラマをやっていて、自分のキャスティングを知らない人は困ったことになります。例えば、裏方として輝く人というのがキャスティング上、必ずいるんです。その人が自分のことを卑下したり、どうせ自分はみたいなことを思うのはすごくもったいないです。

広田 天風先生もよく、「箱根山、かごに乗る人、担ぐ人、そのまたわらじを作る人」とおっしゃっています。

平野 天風先生は人間が個人としての潜勢力を発揮すると、自分らしさとか最高の個人として自己実現を図れるということもおっしゃりたかったと思うんです。私の言葉でいうと、その人の標準装備はもともとあるものです。あるものを使うから日常にすぐに活かせる。しかもその人の可能性が最大化するのです。

広田 平野さんのご著書の言葉では、「ないものねだりより、あるもの磨き」ということですね。

平野 そうなんです。
あるものを磨くことによって必要のないものは分かるはずなのに、今の時代は情報、ノウハウ、テクニックなど、ないものを探して、これらが必要ですよと押し付ける。私は標準装備よりもオプション装備を一生懸命身に着ける流れが、なんか違うんじゃないかと思っているんです。みんなでそれを競って同じように身につけようするのは、自分を表現することとは逆ですからね。標準装備をまず磨き、引き出すところから始める。演技でも自分を磨き上げてから技法的なものを取り入れないと、その人の魅力が絶対に出ないんです。

 

【離見の見】


広田
 人生はドラマというところで、その演技技術といいますか、人生技術についてもう少し詳しくお話いただけますでしょうか。

平野 天風先生の本をよく読まれているという、市川海老蔵さんも言われていますが、舞台俳優は「離見の見」という世阿弥が提唱した、離れて見るという視点、上から自分自身とか舞台とか客席を全部見るという視点を持たないとなかなか大成しないんです。離見の見で自分を見て、自分がどういう立ち位置にいて、相手役とどんな距離があって、観客にどの角度で表情が見えるようにするかということを、役に入り込んで感情いっぱいになっていても、ちゃんと考えているんです。そういう主観と客観を行き来しているんです。

広田 感情が出ている自分を見ているわけですね。それはまさに心身統一法の内省検討、自分で自分の心を客観的に見つめるということにつながっていますね。

平野 それは、アーティストとかアスリートは職業上皆やっていることですが、実は人間が多かれ少なかれ全員やっていることでもあるんです。皆主観と客観の行き来を、多分相当高いエネルギーでやっているんです。だから、そこを磨くことで、最高のパフォーマンスが自分の持ち場でできるようになる。それがドラマ思考の考え方です。

広田 平野さんはそれを人生ドラマの演出家、プロデューサーとおっしゃってますね。

平野 あとはどんなドラマを作るかで、それは個人に委ねられているわけですけど。意外とみんな自覚していないんですね。

広田 なるほど。重要なところなんでしょうね。

平野 そうなんです。天風先生は、それを示してくださっているような気がするんです。ハッピーエンドのドラマを作りたいのだったらこういうやり方があるよと。消極的に生きれば悲劇のドラマを演じることになるよというように、私には読み取れたんです。

広田 ハッピーエンドといっても、ドラマには途中必ず良いシーン、良くないシーンがいろいろあるわけですよね。まさに人生も同じように。

平野 それが「何かあるのが人生」という、見事な名言の一言で語られているのではないでしょうか。天風先生のお話の中に何度も出てきますね、「何かあるのが人生」。私はもう、「人生はドラマだ!」の一言なんですけれど。ドラマだから、いいシーンというのは、いろいろなピンチや困難を乗り越えてヒーローが作っていく。そこで出会う人は、全員自分の共演相手として見るんです。仲間なのか、主人公をいじめる人なのか、敵対する人なのか、主観的で構わないんですよ。そのうえで、この人とどうドラマを作るかというクリエイティビティの世界に入れば、客観の視点ももてるじゃないですか。

広田 そうですね。そういうふうに見られれば、理想の人生を作るのが楽でもあり、また、ドラマチックでもありますね。

平野 ただあまりにも客観視しすぎると、主観的な楽しい人生が送れなくなりますので、主観的にも楽しんだり怒ったりしながら、でも、離見の見で、人間は怒っても客観視点を同時に持てますよね。天風先生のおっしゃる内省検討で。

広田 天風会にいると、よく絶対積極といって「晴れてよし、曇りてもよし富士の山」というんですけど、それはそれで素晴らしいとして、そこで次に人間何したらいいのっていうか、それで人生の面白みはどこにあるんだろうと思うことがあるのです。禅でも悟ったとしても、悟っただけだとその人個人の問題にとどまるのではないでしょうか。悟ったうえでそこからどうするんだってことも大事と思うのです。

広田 絶対積極でありながらも、人間として現実の使命を果たしていく、まさに自分の人生のドラマを作り、それが周りの人に少しでも役に立つようなかたちで生きていくっていうことですね。

 

【上向き思考】

 

平野 よくプラス思考と言って、前向きすぎて周りに引かれてる人って結構いるんです。とにかくがむしゃらに前に突き進んで行く。確かに前向きはいいんですけど、大事なことって後ろにもない?って、振り返るのも必要じゃないかと思うんです。後悔しなくてもいいんですけど、反省するとかもう一度よく考えるとか。大事なことって、横とかにもあるじゃないですか。あまりに前向きってなると、横で一緒に伴走している人とかサポートしている人とかが見えなくなってしまう。
一方で、過去のことばかり思いながら生きている人は、バックミラーばかりを見て車を運転しているようなもので、凄く危ない。前を見て左右の状況を察知しながらときどきバックミラーを見ることが必要です。でも本当に運転のうまい人は、上からの視点で運転するじゃないですか。これを前向きでなくて上向き思考と言ってるんです。上向きと言うのは、前後左右という平面に捉えられた心を、立体的に変えることができるんですよ。

広田 一旦この平面から離れてということですね。

平野 そうなんです。立体視点なんです。マイナスの状態にどっぷり浸かっているときに、前向きになれと言われてもなかなかその平面から脱しきれない。三次元の視点を一瞬で手に入れられるのが、上を向くことなんです。坂本九さんの「上を向いて歩こう」って、そういうことなんですね。東日本大震災のときに、前向きになれと励まされても、被災者はそう簡単にはその気になれなかった。でもあのとき「上を向いて歩こう」と、皆自然に口ずさんだといいます。本当に悲しいとき、前向きだけではだめなんですね。そこで上向きなんです。

広田 なるほど、そういう意味なんですね。それは新たな視点ですね。

平野 私は、天風先生の話の中には上向きの言葉がとても多いと感じるんです。気高さとか、尊さとか。宇宙霊というのも宇宙って上じゃないですか。絶対積極も、言葉は違いますけど、なんか近いものがあるんじゃないかと思うんです。前後、プラス、マイナスという二次元から三次元に抜けられる。そこを天風先生は絶対積極という言葉で表現されたのではないかと、これは私の推測なんですけど。

広田 非常によく分かりますね。

平野 人間って、すごいことにそれを瞬間的にできるんですよね。感情的になっているときというのは、必ず主観視点にどっぷり入ってしまってる。でも、そのときにちょっと上を物理的にも見ると、面白いことが起こるんです。周りが八方塞がりに見えたときも、実は上を向いたら、ぽっかり空間が空いていたと気づくんです。

広田 そうですね。

平野 私の研修でよくやるんです。辛い、悲しい、大変だ、ネガティブな言葉を下を向いて言うと見事にハマるけれど、それを上向いて言ってみてくださいと。そうするとネガティブな感情が全然変わるんです。

広田 周りから見ていても、大変そうに見えませんね。

平野 言霊というと、言葉そのものに皆注目するのですが、そのときの姿勢で感情すら変わってしまうということはあまり注目されていません。そこで皆さんは一日のうちで上と下、どっちを向いていることが多いですかと訊くと、気がつくんですよ。かなり下を向いています。仕事をしているときも、歩いてるときも、下を向いています。そこでなるほど上向きって大事なんだと気がつかれる。

広田 そうですね。やっぱり、身体と心はつながっているということですね。

平野 天風先生は見事にそれを、心と身体という道具の使い方で教えられているわけです。

 

【これからの天風哲学】

 

広田 先ほどから何度か話に出ていますが、天風先生の哲学は、相対と絶対の融合というか、それが統合されているとも思えるんです。

平野 天風先生は、そこを多分、世界で初めて言われた方なんじゃないかなと思うんです。天風先生は絶対を理解するために、敢えて入口で相対を言っていたのだとも思うんです。天風先生の本をちゃんと読まないと、天風哲学というのは、消極と積極で、消極を消していく超プラス思考みたいに思ってしまう。でも、天風先生は相対は入口としてはいいよという言い方を、何度もされていたように思います。

広田 天風先生は、人生の三大不幸という、病、煩悶、貧乏から人々を救いたいとも言っておられますが、それは全く相対的な話ですからね。

平野 東洋哲学はどちらかというと、相対からの統一感と言いますか、立体化というか調和というか、そこを極めようとしてきたんですけども、それが今、世界で融合し始めている。しかも新時代の〝令和〟を、外務省は海外的に〝ビューティフルハーモニー〟〝美しい調和〟と発表しました。天風先生がおっしゃっていた調和ということが世界ですごく大事にされるようになったという気がします。そして調和すると、絶対という価値観にも近づいてくる。

広田 なるほど。

平野 面白いことに、アメリカや世界が今、東洋哲学とか心のほうに、ビジネス界も含めてどんどん方向が変わってきてるじゃないですか。ハーバード・ビジネス・レビューとかで大騒ぎしていますが、これって東洋哲学を英語で語ってるだけじゃないの、って思いますね。彼らが研究調査した結果、実は東洋哲学、禅とか、天風先生がおっしゃっていた言葉にたどり着いたわけで、やっぱり本質、本物というのは変わらないんだなと思います。

広田 そうですね。ただ天風哲学というのは、天風先生の宇宙観というものがバックにあると思うんです。宇宙を作り出した根源のエネルギーが、自然物である人間の命も作り出している。だから、宇宙のそういう最初のエネルギーが自分の中にもあるのを自覚しろという話から始まっているような気がします。ハーバードなどでの研究やその他のプラス思考などと違うのは、そのバックに宇宙観・哲学があるところだと思うのです。

平野 私もまさしくそう思います。

広田 そこを一般の方に分かりやすくお伝えするのが大事かと思います。その辺の伝え方を、表現のプロである平野さんにヒントをいただければと思うのですが。

平野 そこで天風哲学を説明する一つの試みとして、上向きという言葉をちょっとチャレンジしてみたんです。上を向くと必ず空が見えて、空の先には宇宙がある。宇宙の中の地球という天体にいる人間というものを、ちっぽけと感じるか、つながっていると感じるか。ただそちらの方向にあまり行ってしまうと、また勘違いをする人が出てくるかもしれません。

広田 そうですね、宗教ととられるかもしれません。

平野 今の人たちって、自分が何か分からない心の話はすぐ宗教と言ってしまうんです。天風哲学と宗教との違いをしっかりうち出す必要はあると思います。それはまず教祖がいるかどうかということなんです。杉山先生のご本によると、天風先生は「俺を超えていけ、俺を限度とすると可能性の蓋が閉じられる」とおっしゃっています。教祖というのは絶対そういうことは言わないですよ。何年何百年たっても俺の教えを守れ、というのが宗教なんです。

広田 天風先生はよく、「お月さまが綺麗だよと、指差す人の指を見ないで月を見ろ」と言われたそうです。月が真理なのだから、差している指をあれこれ気にするなという意味です。これも天風先生を教祖とあがめるのではなく、示している真理を学べということだと思います。

平野 天風先生の天才たるゆえんは、あらゆるものを吸収される才能があったということだと思うんです。そして吸収されたものを全部融合させて天風哲学として語れる天才だったので、われわれが逆に気をつけないとならないのは、天風哲学とはこうだと、ゾウの体の一部分を触って語ってしまう怖れがあるということです。ともかく全体を語ろうとすると、天風哲学はとんでもない広さと深さがあるので、まずは現代の人に解り易い部分を現代風にするということではないでしょうか。

広田 そうですね、現代の方にあった言葉と方法で伝えると、宗教ではなく、合理的な解りやすい話だなと思っていただけると思います。

平野 そこは、天風会が払拭できるところじゃないかなという感じがします。この数年でホームページも新しくなって印象も変わりましたし、この四月から中村天風財団という呼称になったのは、素晴らしいなと感じています。

 

【人生はその人の脚本次第】

 

広田 平野さんのご著書の中に「本当に恐れることは、自分がなれたかもしれない人になれないことだけだ」というのがありますね。とても興味を引かれました。

平野 ありがとうございます。恐れることって人生の中でたくさんあると思いますが、進化と向上に当たり前に貢献できる存在として生まれてきているはずなのに、本領を発揮せずに一生を終えてしまうということは、相当恐ろしいことじゃないかなと思うんです。そのことに子どものころに気がついてもいいし、二十代で気づいてもいいし、六十代で気づいてもいいと思うんですよ。人生ドラマのどこにピークがあるかは、その人それぞれで違いますから。ただ、それをせずに終わってしまうドラマを作ってしまったら相当もったいない、ということを言いたいのです。

広田 特に中年になったわれわれには響く言葉です。これから先の第二の人生はどうしようかなと考え始める時期でもありますから。

平野 自分の使命というと何か硬い感じで捉えてしまいがちなんですけど、でもそれは自分がドラマで演じる役割で、その役を最大限に魅力的に演じていくということに切り替えたら、使命を果たすことが楽しくなると思うんですよ。
杉山先生も言われているように、命は生きて生きて生き抜こうとする前向きなものです。第一、人間の目も耳も口も前に向いて付いてませんか。後ろを向いてるのは、お尻だけですよ。みんな当たり前だと思っていますが、冷静に考えると、何でそうなってるのか不思議ですよね。それに朝起きたときに、今日を史上最悪の一日にしたいと思う人はいないでしょう。起きたときに今日は楽しい一日にしたいなと自然に思いませんか。だから無理やり前向きになろうというよりも、身体も心も自然体でいれば、前向きの流れに乗っているんじゃないの、と言いたいのです。

広田 それが、それぞれの大きな喜びとか幸せにつながるんでしょうね。

平野 天風会員の方は、その上をいってほしいという願いを込めて、そこにプラス上向きという、天風先生が常におっしゃっていた尊さとか気高さとかをもって、主観と客観を行き来しながら、自分自身を世の中に役立てていくことができるんじゃないかなと、思っています。

広田 いいお話ですね。今日は天風哲学をまた新しい方向からみることができました。どうもありがとうございました。

●●プロフィール●●
平野秀典氏
一九五六年生まれ、有限会社ドラマティックステージ代表取締役。一部上場企業のビジネスマンの傍ら、舞台俳優として十年間活動。その経験から独自の感動創造手法を開発。勤務していた企業の劇的なV字回復に貢献する。独立後、日本で唯一の感動プロデューサーRとして、さまざまな企業へ講演・指導を行い、誰にでもできる感動創造の極意を伝えている。サントリーホールや紀伊国屋劇場でもセミナーを開催し、大きな感動と反響を呼ぶ。
元いわき賛助会代表・天風会講師の平野正夫氏は父君。
著書に、『感動の創造ー新訳中村天風の言葉』(講談社)、『ドラマ思考のススメ』(あさ出版)、『GIFTの法則』(日本経済新聞社)」、『感動力の教科書』(ディスカヴァー21)」など多数。

(『しるべ』2019年7月より)

関連リンク:100周年記念特集『成功と繁栄』