『天風先生座談』は初めて中村天風のことが一般の書物として世に出された本である。
それまでは中村天風の著作は非売品で、会員のみが購入できたので、私にとっては、画期的な出来事であった。
著者の作家「宇野千代」さんが聴いた講演を、中村天風を知らない人にも伝えたいという気持ちで作られた本である。宇野千代さんはいつも和服でにこやかに、中村天風財団の新年会などのパーティーに参加されていたことを思い出す。しかし、私が知っている「いつもにこやかな人」とは違うことがあったことを知った。この本の最後に「天風先生と私」と題した短い文章を載せている。このなかに、作家として、書けなくなったスランプに陥ったことがあって、それを、中村天風の「書けると信念すれば書けるのだ」という言葉で乗り越えたことが書かれている。この辺のことは私にとっても仕事上にとても役にたった。文章を書くことが多かった私の仕事の中で、出来そうもないような第一印象が生じたときに、宇野千代さんの真似をして、「まず1行書いてみる」ことをすると、不思議となんとかなっていったことがずいぶんあって、ありがたかった。
この本全体から、中村天風の勢いの良い口調が、強すぎると思えるくらい伝わってきて、小気味よい。内容は、冒険小説のように中村天風の生涯も含めて講演されているので、容易に読みこなせる。言葉の端々から、風貌まで想像させられてしまう。
『マンガ中村天風』は2010年に発行されたもので、生い立ちから中村天風財団として活動を開始するまでが描かれている。絵になっているとイメージが作りやすいので、描かれているそれぞれのエピソードが生き生きと想像できる。
いろいろな経緯を経て、インドのヨガの行者の指導を受けることになり、わからないながらも、病を治したい一心で修行しているところが私にとっては印象深い。なかでも、マンガ特有の面白さは、3巻(全4巻)154ページあたりに、毎日、重い石をかついで山を登り、帰りにはそれをまたかついで戻るところの師匠とのやりとりである。中村天風は、重い石を持って行ってそれを使って何をすることも無くまた持って帰ってくることを、むだなことと思い、師匠にクレームを言うと、師匠は、ちゃんと役に立っているよ、と答えるところは、読んでいて、一人でクスッと笑ってしまう。体力を作るために師匠が深い配慮で命じたことを、理解できるまでになっていないところが、マンガだとよくわかる。これらのいくつかのエピソードが続き、徐々に、未熟な中村天風から悟りを拓くまでのところは大変に興味深い。中村天風の説く心身統一法の理解をするうえでも、大切なものである。
この『マンガ中村天風』を読んでから、『天風先生座談』を読むと、中村天風の講演の中で言及されている体験談がリアリティーをもって想像しながら読めて楽しい。
出版の順序と逆に、『マンガ中村天風』を読んでから、『天風先生座談』を読むことをお勧めしたい。