「心の安定を習慣で築く」
~天風哲学とアドラー心理学の共通点に見る、心の力の高め方~
講師 潜在力発揮コーチ 三浦 将氏
心身統一法の教えが世に出て100年、現在も多くの人々にその教えが必要とされています。今回現代に即した新しい試みとして、天風会員であり、また人材育成の専門家として活躍されている方々に、一般を対象にしたビジネスセミナーのマインド編として、新しい切り口から天風哲学の講座をご担当いただきました。
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皆さん、こんにちは。三浦将です。よろしくお願いします。私は、チームダイナミクスという会社を経営しながら、人材育成のお手伝いをしています。
私、中村天風さんという方を、もちろんお会いしたことはないのですけれど、心の師と仰いでおります。多くの影響を受けていて、今日私がこのようにしてやっていけるのも天風さんの教えがあったからだと、心から思っています。
もう一人の師がアルフレッド・アドラーというオーストリアの心理学者です。フロイトとかユングと同じ時代に生きた方です。この人も会ったことはないのですが、たくさんのことを学ばせていただいています。これが私のコーチングの基礎になっていたりします。
このアルフレッド・アドラーのアドラー心理学と天風哲学は非常に共通点があります。今日はそのことを通じて、心の力の高め方のお話をさせていただきたいと思っています。
筑波大学名誉教授の村上和雄教授という方がいらっしゃいます。世界的な遺伝子工学の権威です。この方が言うには、人間の細胞の中には生きていくための設計図である遺伝子が入っていますが、この遺伝子で働いているのは5%から、せいぜい10%で、後は眠ったままの状態に置かれているのだそうです。要は、ポテンシャルがパフォーマンスになっていないということです。F1マシーンは千馬力ぐらいを出すポテンシャルがあります。でも実際にその5%しか発揮できていなかったら、どうですか? F1マシーンなのにパフォーマンスは五十馬力で、軽自動車並みです。
村上先生は人間の一生は授かった遺伝子がどう目覚めるかによって決まる、とも言っておられます。
つまり私たちは可能性の塊だけれど、それをどう発揮させるかなのです。これが、中村天風さんの言う「潜勢力の発揮」ということです。
中村天風さんは、ちょっと言わせていただくと、かなり暴れん坊だったみたいですね。日露戦争で軍事探偵、いわゆるスパイをされていました。そんな中で当時死病だった肺結核になり、絶望の中アメリカに渡ってコロンビア大学で医学を学び、そしてヨーロッパまで行って、病気や抱えている人生問題を何とか解決したいといろいろと学ばれたわけです。
ただ、結論は「どうにもならない。もう後は死を迎えるだけ」ということで、日本に帰ろうとした途中でインドのヨガの大聖人、カリアッパという人に出会います。それでヒマラヤに一緒に行って、ヨガ哲学、そしてカリアッパさんの教えを受けて、人間の生き方に覚醒していかれたわけです。
その体験と研究の結果を日本に帰ってきてまとめ上げ、普及されたのが心身統一法ということです。
一方、アルフレッド・アドラーという人がいます。実は年齢も天風さんと近く、六歳違いです。この方はオーストリアの出身の心理学者で、一時期フロイトと一緒に仕事をしていました。ただ、考え方の違いで袂を分かち、個人心理学という独特の心理学を提唱した人です。
また、アドラーも幼い頃、いろんな病気に苦しみました。声帯のけいれんとくる病に苦しんだという経験があって、劣等感の問題や対人関係のカウンセリングに取り組むようになったのです。そして、その考え方は非常に哲学に近い心理学なんです。それが天風哲学とすごく共通点があるのですね。
天風さんは個人、自分を鍛えていくということ、修練していくということが中心になっていますが、アドラーはどちらかと言うと人との関係性の中で人間が成長していくと、そういうことを説いた人です。入り口は違いますが、根本にある考え方に非常に共通点があると、私は思っています。
それはどういうことかというと、どんなことがあっても生きていくことができる力の養成ということです。ただの力ではありません。どんなことがあっても生きていく力です。人間は良いときはいいですよ。でも、辛いとき、そしてピンチのとき、そのときにどういう力が発揮できるかです。
例えば天風さんには積極精神という言葉があります。我々の思考、言葉、そして行動、それらがどれぐらい積極的かということが鍵だと、天風さんは説いています。
ここで皆さん思い浮かべてみてください。ここ一週間、一ヶ月ぐらいでもいいですよ。皆さんの考え、言動、そして行動、どれぐらい積極的だったでしょう。消極的な場面が出たとしたら、どんな時だったでしょうか。それに対してどういうふうに取り組んだか。それをそのままにしておいたのか、それとも何とか積極的に持っていこうとしたのか。消極的な思いが出たけれど、言葉にしたかどうか、また行動としては積極的態度がとれたのかどうか、ちょっと思い出してみてください。
皆さんの中の積極性のバロメーターを、自分の中で見える化していただきたいのです。点数が良かったかどうかではありません。大事なことは、自分の積極性というものが、今どれぐらいの状態なのか把握するということです。
ここで実際にこの一週間、自分が消極的だったか積極的だったか、どういう対応をしたか、見える化してみてください。
積極精神。アドラーは自主自立という言い方をしています。いかに自分の足で立ち、人に依存することなく、自立して生きていくかということです。
自主自立ということは、どんなことがあっても生きていくことができる力を養成することです。子育てもそのためにやるし、教育というのもそのためにあります。私がやっているような企業の人材育成というのも、そこが非常に大切なところです。
これはリーダーシップの問題でもあるといえます。 リーダーシップと言うと、「いや、私はリーダータイプじゃない」とか、「どっちかと言うと後ろにいてサポートするタイプだし」とおっしゃる方がいるかもしれません。しかし、誰でも自分自身のリーダーであることに変わりないのです。自分自身のリーダーでないと、それは依存的な人間であるということになります。
「こうしたい」「こうなりたい」と思ったら、それに向かって自分を勇気づけながら自分自身をリードして人生を建設していく。それが、セルフリーダーシップです。
それから「信念と勇気」です。天風さんの教義の中ではこの言葉がよく出てきます。
今日のもう一つのテーマは実は「勇気」です。アドラーも「承認と勇気づけ」と言っています。
これは何かと言うと、潜勢力の発揮ということです。勇気を持つことによって人間というのは潜在能力が発揮されていきます。つまり、先ほど述べた眠っている力が発揮できるかどうかは、勇気に関わってくるということなのです。
勇気についてお話をする前に、心の安定というタイトルがあります。どうでしょうか? ここの部分も皆さん大きな課題だと思います。私も何を隠そう、非常に心が安定しない人間でした。どちらかと言うと、人一倍ショックを受けやすい人間だったと思います。だからこそ、いかにして心を安定させるかということを考えてきたわけです。その一つが天風さんの教えです。
さあ、そういった意味では、どうでしょうか、皆さん、心の安定、どれぐらい自分の中でありますか? また、この一週間ぐらい、この一ヶ月ぐらい、この一年ぐらいを考えてみてください。皆さんの心はどれぐらい安定していましたか? 心の揺らぎの度合いがどれぐらいだったでしょうか。
どんなときに心が安定しませんでしたか。これも良い悪いじゃないですよ。その心の安定を得るために何をしていく必要があるかということです。
まず考え方です。それには、安定させようとする「心ってなんぞや?」ということから始めます。
これは天風会の会員の方はご存じだと思います。心は私ではないということです。私という本当の自分、真我という存在があるのです。「本当の自分がいて、心があるんだ」。これが天風さんの教えです。「私がいて心がある」。つまり主従関係があるんです。主は私なんです。心というのは従なんです。言ってみれば、活躍するために与えられた道具だということです。肉体もそうです。
人間はマスター・オブ・ソウル、この考え方は、私には非常に衝撃的でした。「多くの人間は、人間の道具の心に振り回されているんだぞ」と、天風さんはおっしゃっています。ある意味、部下に振り回されている上司みたいなものですね。「それでチーム運営は上手く行きますか?」という話です。
心というのは役に立ってくれる道具なんです。ただ、それをいかにコントロールするかというのが真我である私の役割です。つまり、私というのは、心をコントロールして、身体をコントロールして、人の役に立ったり、新しいものを生み出したり、そういうミッションをもって生まれてきたのに、従である心に振り回されてどうするんだと、そういうことを天風先生は教えてくれました。
心というのはパワーソースなんです。その奥に潜在意識があり、潜在能力があるわけです。その道具を上手く使えば、潜在能力が出てくるということです。だから道具は磨くし、より良い道具にしていくのです。
では、ここまでの感想をまとめてみて下さい。漠然としていた頭の中が整理され、考えを定着させることができます。また、いろいろな気づきも得られます。
さて、天風会の皆さんは勇気、勇気と天風さんに言われていますが、どれぐらい自分で自分を勇気づけていますか。
なぜ今日は特別に勇気ということを取り上げたかと言うと、アドラー心理学が「勇気づけの心理学」と言われているからです。勇気を持ってやることが、コトを成すというのです。
反対に、人の勇気を失わさせることを「勇気くじき」という言い方をします。人は人に対して勇気くじきということを気づかずにやっているのです。
そしてそれ以前に、自分の勇気くじきもいっぱいやっています。それをやめましょうというのです。
その前に、勇気って何でしょうか? 「気」が湧くということです。気とは何でしょうか? 気というのは、物事を現実化する力です。これをたくさん湧かせましょうということです。勇気は、現実化する力をたくさん湧かせることなのです。
消極的になって勇気がなくなると、物事を現実化させる力がどんどん減っていきます。現実化したい、現実化したいと言いながら、だめだとか、無理だとか、そういう言葉を何かにつけて発してしまうのは、自分への勇気くじきなのです。
だから、「言葉に気をつけなさい」と天風さんは言います。言霊です。発した時点でそれがエネルギーになるからです。それがマイナスのエネルギーになるのか、プラスのエネルギーになるのか、コトを実現していくエネルギーなのかということです。
だから私はもう怖くて、消極的な言葉は言えません。「だめだ」とも言いたくないんです。「疲れた」とも言いたくないんです。これは生理学的に説明されています。「疲れた」と言った時点で疲労物質にかかわる乳酸が出ます。ネガティブな言葉を発した時点で脳からそういうホルモンが出るのです。逆に言えば、良い言葉、積極的な言葉を発した時点で脳からはセロトニンが出たり、ドーパミンが出たり、そういう良いホルモンが分泌されます。これはもう証明されている世界です。
勇気をくじかれると、人間は不適切な行動をとります。これは子育てでよく起こります。職場の人間関係でも起こったりします。
不適切な行動をとるというのは、適切な行動をとるための勇気を失うからなのです。ちゃんと学校に行くための勇気を失ったり、品行方正に過ごすための勇気を失ったり、真面目に仕事をする勇気を失うんです。だから、暴走族になって暴れたり、不良行為をして親を困らせたり、不正行為を働いて会社に迷惑をかけたりとか、そういうのは、勇気を失った叫びなんです。それを多くの人は背景も考えずただ否定してしまうのです。「あれは悪いやつらだ」とか「駄目なやつらだ」と、さらに勇気くじきをどんどんしながら、それで更正させようとしています。治るわけがないと言うんです。さらに勇気をくじきまくっているんですから。
「本当は何がしたい?」これはコーチングの一番大切な質問です。「うん、できるよ。そのためにどうする?」。こういうことなんです。勇気を与えてあげることなんです。それは「あなたにもできる」というメッセージです。
人生にはチャレンジが大切です。チャレンジによって人間は進化し、変化し、そして、成長していきます。でも、チャレンジするには勇気が要るんです。何かに挑戦しようとしたら、まず自分が今いる安全なところから抜け出さなければならないのですから、勇気が必要なんです。
特に子どもというのはチャレンジの連続です。跳び箱を跳ぶのだって勇気が要る。サッカークラブに入るのだって勇気が要る。そういうときに勇気づけをしてあげるのは親の仕事です。その時に、「お前、運動神経が悪いのにサッカー?」と勇気をくじかれたらどうですか?
大人だって新しい仕事にチャレンジしようとしているときに、「お前なんかにできるのか?」と上司に勇気くじきされたら、もうこの時点で終わってしまいます。
人間は調子がいいときの成長度は低いんです。困難なとき、逃げずに立ち向かって乗り越えたときに一番成長します。そのときに一番重要なのが勇気です。それを必要としている人にあげましょう。そして自分にもあげましょう。これはアドラーの考え方でもあるし、天風さんの言っていることでもあると思います。
勇気づけというのは、よく甘やかしみたいに思われる方がいますが、甘やかしではありません。
アドラーは、過保護、過干渉をとても嫌います。過保護、過干渉というのは勇気くじきだというのです。子どもが進もうとするときに必要以上に関わるのは、つまり子どもを承認してないし、子どもを信頼していないことの表れです。これは子どもの勇気をくじきます。子どもにはコトを現実化する力があるのに、気づかないうちに勇気くじきで現実化する力をどんどん奪っていくわけです。
勇気づけというのは、立ち上がろうとする人、そして前に向かおうとする人、チャレンジしようとする人、自分の人生を建設していこうという人に対してするものです。現実化していく力を高めるために、勇気づけるんです。
多くの人は、何か失敗すると、自分には才能がない、自分には力がない、どうせ自分にはできないと、こういう勘違いをします。だからこそ、勇気づけてあげるのです、「大丈夫だ」「行ける」「ほんとにやりたことは何?」「どれぐらいやりたい?」「行こうよ」「行けるよ」という言葉で。
気休めじゃありません。なぜならばその目の前の人間のポテンシャルを信じているからです。これが信念です。気休めで言うのではないんですよ。本当に信じているから勇気づけをするのです。テクニックの勇気づけなんかやらないでください。あなた自身、本当に「できるんだ」と信じるんです。「何言ってるの? F1のマシーンだぜ。すごいに決まっている」。この信じる度合いが信念です。
ここで、あなたが勇気を出そうと思ったこと、また自分や誰かを勇気づける言葉を考えてみて下さい。
勇気づけの習慣でまず大事なことは、自分の中で自分にどういうメッセージを送っているかということに気づくことです。それは勇気を与えるメッセージなんだろうか、勇気を奪うメッセージなんだろうか。特に辛いことがあったとき、物事に失敗したとき、願いが叶わなかったとき、こういうときに自分が自分とどういう会話をしているか、「ああ、自分はだめだな」と思わず言ってしまっているとすれば、それは勇気を与えるメッセージですか?ということです。「あの人はすごいのに、私は・・・」ってよくやってしまいますよね。関係ないです、他人は。自分の成長のためにやっているのです。
ですから自分を承認する習慣です。やっていることに注目します。特にプロセスに注目してください。結果、できなかったとしても、「ああ、そうか。今回こういうプロセスをとったんだ」「新しいところに挑戦したんだ」と、勇気を持ってやったことを承認するのです。
コンフォート・ゾーンという自分が快適な範囲に安住するかぎりは変化は起こしにくいのです。慣れ親しんだところからいかに出ていくか。バーンと出るのが怖かったら、ちょっと出てみる。いつも定食屋でサバ味噌定食を食べているなら、時々はカニクリームコロッケ食べるとか、いつもと違う帰り道を選んで帰ってみるとか、仕事でも今まで手を出さなかったことをちょっとやってみるとか、小さなチャレンジをやって、少しでもコンフォート・ゾーンを超えることです。
少しのチャレンジなら達成率が高いと思います。達成して自信をつけて、またもう少しチャレンジをします。このサイクルを繰り返すと、やがて遠くに行けるようになります。いきなり飛ぼうとすると大変です。自分の歩幅感がどれくらいなのか、狭いからだめだという話ではなくて、丁度いい自分の歩幅で自分なりにやっていくということです。
そして大事なことは、未来の能力を承認するということです。やがて絶対できるようになるという可能性を信念するということです。
この信念を高められるかどうかが人生の勝負です。信念というのは、「自分には力があるんだ。スイッチオンしようよ、行こうよ。止まるのやめよう。ほんとにやりたいことだろう?倒されても立ち上がろうよ。こけても起き上がろうよ」という諦めない力です。成功者はそれを繰り返した人です。
ほんとに自分がやりたいことに対しては、人間というのは力が出やすいようになっています。だから、いかに自分が本当にやりたことをやるかということが大事なのです。
皆さんが親であったり、上司であったり、人と接する人間であれば、人に勇気づけをすればするほど、自分の信念が高まるということを、憶えておいてください。その人のポテンシャルをパフォーマンスとして発揮するようお手伝いをするのが、親の仕事であり、上司の仕事であり、教師もそうですよね。誰でも、勇気づけをやっていけば、自分の信念のレベルも高まってくるのです。
偉人と言われている人はこのレベルがとても高い人たちです。マザー・テレサであるとか、ガンジーであるとか、マーチン・ルーサー・キングなどは、人間の潜在能力を当たり前のように信じ切っているから、諦めない活動ができるし、目の前の人の力を信じられるのです。だからこそ、目の前の人が変わっていくのです。
おそらく天風さんはそういう人だったと思います。おそらくアドラーもそういう人だったでしょう。とてつもない信念、とてつもない肯定感を持っているから、目の前の人間にそれが伝わるのです。
今日お伝えすることはここまでです。またここまでの感想をまとめ、確認のため最後にメモにしてみましょう。
今日の講座をお聞きいただいて、何か刺激になったとか、気づいたという方は、ぜひそれを行動につなげてください。そして、その行動を習慣につなげてください。そうすればきっと心の安定を得られ、人の世に貢献できる存在になれるはずです。
アドラーが言います、「人への貢献感があることが、人間の一番の幸せだ」と。是非こういうことを目指してお互いにやってきましょう。
ありがとうございました。
株式会社チームダイナミクス代表取締役、英国立シェフィールド大学大学院修了(理学・経営学修士)。早稲田大学オープンカレッジ講師。大手広告会社、外資系企業を経て、エグゼクティブコーチとして独立。人材育成の企業研修を行う法人を設立。認知心理学、アドラー心理学、コーチングコミュニケーションなどを基にした、効果的かつ独創的な手法で、習慣力研修、リーダーシップ研修、チームビルディング研修などを始め、国内外の企業の人材育成をサポートしている。
『自分を変える習慣力』など、累計二十万部をこえる習慣シリーズの著書がある。
(『しるべ』2019年8月より)