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この本を敢えてお薦めするのは、会員なら何はさて措き読み続けて頂きたい本ゆえです。

本書の初版は一九四七(昭二十二)年の二月ですが、それ以前はこの種の本など無く、ましてやテープなどの無い時代ですから、会員は会場で先生の講演を直接聴くしかなく、聴き漏らさないでおこうと熱心に耳を傾け、また忘れないうちにと帰宅するとすぐに講演の内容をノートに書き留めていたそうです。

すると本でも学びたいという声が出てくるのは当然で、熱心な会員たちが先生に懇願してようやくと発刊に至ったというわけですが、先生は教科書的な本を書かれなかった理由をこの本の自序で述べておられます。それには『人生に関して、特に実践を主体とするこの種の教えは、文書を通じての会得では、往々にしてその機微に触れ難く、もっぱら人格と人格の接することでしか捗(はかど)らないと考え、講習を中心に教えてきたが・・・』とあります。

ではこう言われる理由です。恐らくカリアッパ師の教授方法に起因します。ヨガの奥義を伝えるとき、師は見込んだ弟子を傍らに坐らせて問答形式で直々に伝授したといわれますので、恐らく天風先生もこの形式を採用されたのだと思われます。ですから真理瞑想も講習会も、原点は先生の修行にあるのです。

会議で案件を討議し、授業で単に知識を教え、発表で結果を報告する等の場合は、心の触れ合いが必須ではありませんから、集う為の時間や経費或いは今回のような(新型コロナ禍)感染リスクを考えるとオンライン形式が適しているかも知れません。しかし中学生以下の教育現場では、先生と子供たちとの心の触れ合いがその中の重用な部分を占めますから、オンライン授業の積極的採用は如何なものかと思います。すると「この種の教え」を学ぶ場合はどうなのでしょうか?

因みに私が二十歳前後の頃は、「この本は難しくて読む気にもならない」のが本音でしたから、件のお言葉を隠れ蓑に「先生と接してさえいればOK」と勝手に解釈して、講習会や修練会は皆勤でも、一度たりともご本を開いたことはありませんでした。

しかし後になって、この思い違いが大きな反省、いや後悔というツケとなって帰ってきました。
講師を拝命したのですが、未だ三十三歳で人生経験も乏しくて話のネタがないのです。医師という職業柄医学的知識はそれなりに有りますから、肉体方面のことについては一応の話ができますが、精神方面についてはネタの引き出しが空っぽですから困るは焦るはの連続でした。

講師のお役を四〇年も続けると、講演原稿も随分の量となっていますがその内容は明らかに変遷しています。初めの頃の原稿はまるで朗読用かのように紙面が文字で埋まっていましたが、年を経ると共に次第に字数が減り、やがて箇条書きとなり、更にはその行数も減ってきています。

こうように成ったのは、時間を作ってでも他の講師の話を聴く、先輩方の真似を絶対にしない、講演の構成を毎回変えると決めて、独自の原稿づくりを繰り返したことで潜在意識の中に話のネタが増えたことに由るものと思いますが、同時にもう一つのことを継続してきたからだと思います。

それは常に『真人生の探究』を読むことです。内容の原典が先生の講演原稿ですから、私には「読む」イコール「ご講演を聴いている」になるのです。この本をスルーして他の本を読むのは、教科書を読まずに参考書ばかりを読むのと同様です。確かに取っ付きにくい本ですが、是非お読み下さい!

そしてやがて本の中の文言が何とはなしに頭にフーッと浮かんでくるようになれば、それは教えが潜在意識領域で観念要素化している証拠で、そうなるともう立派な哲人の弟子といえます。

中村天風財団(公益財団法人天風会)認定講師 今川 得之亮
(2020.6.18掲載)